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甲斐市周辺観光のご案内

上条河原

一五二一年(大永元年)の秋、武田信玄の父・武田信虎が二十七歳の時のこと。駿河の今川氏親の武将・福島正成を総大将とする一万五千の軍勢が、甲斐に攻め入ってきたのです。
 守る側の武田信虎の軍勢はわずか二千でした。しかし、十月十六日の飯田河原での合戦ではよく戦い、福島軍はいったん兵を引きます。
そして十一月二十三日、朝から上条河原で二度目の合戦がはじまりました。両軍とも奮戦し、雪が舞う夜になっても決着はつきません。
そこで信虎は別働隊を組織し、深夜になって疲弊していた福島軍の本陣を側面から奇襲します。この作戦が成功し、総大将・福島正成の首を討ち取り、勝利を挙げました。
 福島軍の戦死者は六百人余り、負傷者を含めると、四千人にもなったと言われています。翌年、福島軍は信虎に命乞いをし、引き上げました。
この戦いにより、信虎の武名は諸国に鳴り響き、臣下も増えて、甲斐統一を進める大きなきっかけとなりました。
ちなみに武田信玄は、この戦いの少し前、十一月三日に生まれ、武田軍の士気は大いに高まったと言われています。 
上条河原には、今ソメイヨシノ約六十本が植えられ、桜の名所として知られています。