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甲斐市周辺観光のご案内

信玄堤

甲府盆地を流れる釜無川は、かつて氾濫を繰り返し、度重なる洪水で住民たちを苦しめていた川だったことから、国主であった武田信玄が約17年もの歳月をかけ、堤を築きあげたと言われています。
甲府盆地を洪水から守り、地域開発を図る目的として始められた築堤は、武田信玄が国主となった翌年天文11年(1542)に植林などから始め、「石積(いしつみ)出し」や「将棋頭(しょうぎがしら)」を設けて水流を二分させ、釜無川と本流の合流地点に「十六石(じゅうろくいし)」という大きな石を伏せ込み、本流の水を高岩の崖にぶつけて水勢を弱めて、南に誘導するように堤防を築きました。
江戸時代前期には笛吹川の合流点まで「霞提(かすみてい)」という不連続の堤、中期には堤防の一番から五番の各堤を川の中心部に向けて斜めに突き出し、対岸にも「出し堤」を設けます。この堤は雁が列をなして飛ぶ姿に似ていることから「雁行堤(がんこうてい)」と呼ばれるようになったもので、出しにより交互に水勢を循環させて水勢を弱める働きをし、水流の直撃を避け、水害から守られるようにしたものです。   
江戸時代を通して繰り返された修復や、明治20年代に「改修堤」へ造り替えられたことにより、信玄が築いた当初の堤防をうかがい知ることはできませんが、現在では二番と三番の「出し堤」や当時植えられた欅(けやき)や榎(えのき)の大木が面影をとどめています。現在、釜無川左岸には森林公園やスポーツ公園が整備されており、憩いの場として、地域住民に親しまれています